ヘイモ司祭のスパイ疑惑に関連して、24年前の法王暗殺未遂事件を洗い直してみた。というのは、バチカン内部にスパイなくしては成し得ない事件であったような気がしたからだ。すると、その暗殺未遂事件の29年も前に「グレゴリウス・アカデミー」の教授アリゲーリ・トンディという神父が、KGBのエージェントであったことが判明していた。ということは、今から約50年も前からバチカンは潜入スパイの存在を知り、今日まで何ら防御策を施していなっかったということになる。そんな無防備がマフィアに付け入られることにもなったのではないか。
ヨハネ・パウロ2世狙撃未遂事件でも、旧ソ連のスパイはもとより各国の諜報機関が暗躍していたことだろう。犯人アジャは事件以前に新聞編集長を殺して有罪となっていた。しかも難攻不落のカルテル・マルセペ監獄を脱走し、ために法王暗殺を企てることにもなった。監獄収監時点で彼が脱走しなかったら起こり得ない事件だった。自然に考えても、これは「脱走した」というより「脱走させられた」と言い換えるべきだろう。そのように誘導された、と考えるほうが自然だ。JFK暗殺のオズワルド単独犯説に酷似している。
何より事件後のモサドとアメリカなと先進国諜報機関のバチカンへの急接近が興味深い。CIAは熱心なカトリック信者ケーシー長官の指揮の元アジャの正体を探ってはその都度バチカンに報告し、モサドはルイジ・ポッチ大司教を仲介としてパウロ2世が知り得なかった真犯人の極秘情報を伝えていた。とりわけモサドの報告は法王の関心を引いたようで、そのことが断交状態にあったイスラエルとバチカンの関係修復といった形で結実するのである。
釣鐘門(つりがねもん)のどっしりとした扉が閉ざされたあと---真夜中の12時までに、バチカンの入口を残らず閉鎖するという毎晩の儀式が、これで幕を開ける---で、ダークブルーのフィアットが、玉砂利をきしらせながら乗りつけ、ケープで寒さをしのぐスイス護衛兵ふたりをライトで照らし出した。彼らの背後には、教皇ウィギリウスの像があった。
ゴードン・トーマス著「GIDEON'S SPIES」12-スパイマスターに幸いあれ P339 |
そのフィアットからは黒ずくめのルイジ・ポッチ大司教が降り立ち、彼が抱えるスーツケースにはモサドからの法王へのプレゼント、アジャに関する極秘資料が入っているというわけだ。想像を逞しくすれば、彼が乗ったフィアット車のその創業一族アニェリ家と、それに連座するカラッチオロ、ロスチャイルド、スペイン及びフランス王族といった連綿とした血脈の糸が見えてくる。その赤い糸の端が巡り巡ってバチカンと結びつくとき・・・綾なす運命の連環回廊が忽然と頭上に浮かび上がってくるのだ。
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