2001年8月

最新日誌へジャンプ
newほぼ毎日更新 04/23更新 不定期更新 04/20更新 不定期更新
●流血の中東情勢-2001 ●世界の王室・動向 ●バチカン動向 ●インド動向 ●小泉新内閣の顔ぶれ
◆ポップアップ広告消去プログラム

どきゅめんと日誌はしばらく休みます。
2001/08/12、日曜
■番組表■(首都圏保存版)

 風邪をひいたらしくクシャミ連発、体がだるい。足の痛みは少し薄らいできたが、それでも10分とて立ち続けることが出来ない。明日は現場の見積もりに行かねばならない。続けざまの障害が起きる時に限って、予想外の仕事が舞い込んだりするのも皮肉なものだ。生活がかかっているだけに、とにかくチャンスは逃せない。足を引きずってでも現場に行こうと思っている。
 テレビ朝日系列で「衝撃の新証言・真珠湾奇襲はアメリカの陰謀?」なる特別番組を放映していた。司会は田原総一朗、ゲストは石原慎太郎。真珠湾奇襲のアメリカ陰謀説についてはテレビでも何度か特集され、それに関する著書も多く、およそ定着してきた感がある。最近刊行されたロバート・B・スティネット著『真珠湾の真実・ルーズベルト欺瞞の日々』を意識しての番組らしく、のっけからその本が紹介されていた。私などは「今さら何を」と皮肉っぽい笑みが浮かんでしまうが、一応録画だけはしておいた。新資料を駆使した本だと言うが、あまり期待するほどの発見はないだろう。それでも17年間に及ぶ調査の結晶という労苦に報いて本の購入リストに加えておこうと思っている。あとで録画したものをまとめてみたい。
 九日には来年度予算の概算要求基準(参考、一般歳出47兆8千億円、過去最大1.8%減 概算要求)が発表されたが、公共事業関係費、一般歳出、ODAともに10%削減が見積もられている。これによってゼネコンなどが大打撃を受けることは避けられなくなり、建設業界からより多くの失業者が出ることが懸念される。その対策として小泉総理は新規予算2兆円を用意、IT産業など将来性のある分野への投資によって新規雇用で失業者を吸収するのだと言う。しかし、実際問題として建築業界からIT産業分野などへの失業対策及び移行はそうスムーズに行われるのだろうか?それなりの基礎技術を前提とした異分野への移動はかなり難しくなるのではないか。

2001/08/11、土曜
■番組表■(首都圏保存版)
気になるニュース(保存版)
写真速報・世界】4枚&【写真速報イスラエルvsパレスチナ】4枚(保存版)
 昨日は「国公立病院の寝具リース業務で談合容疑」というニュースが流れていた。ふと思い出したのが日本病院寝具協会のかつての会長が現総理の小泉純一郎であり、この協会に連なる政治連盟から政治献金を受けていたのが小泉純一郎と橋本龍太郎であったことだ。こうした事実が明るみに出ながら厚生大臣に居座りつづけた小泉純一郎とは何だったのか・・・我らが人気の小泉純一郎は果たして総理に相応しい人格者であるのかどうか?かつて彼が受け取った政治献金が我ら国民の税金からの流用であったとしても、一国を任せるに足る人物だと多くの国民が信じているとすれば、それだけでもこの国は滅びることは間違いない。民主主権たる国民が不正を許すほど恐ろしいことはあるまい。厚生省の老人保健福祉部長・岡光序治が埼玉の彩福祉グループから950万円相当のゴルフ会員権を受け取ったことを皮切りに、次々と多額の不正資金を受け取りながら厚生省事務次官まで登りつめた経過は、そのまま厚生省の腐敗した利権構図を物語るものであった。その岡光の賄賂6000万円受領がばれた後、さらに退職金6000万円を受け取ることが問題になった時「官僚の職務として退職金を受け取るのは当然だ」と言い放った厚生大臣こそ小泉純一郎ではなかったか。岡光に賄賂を送った彩グループの大株主は日本病院寝具協会の村田士郎理事長である。村田理事長は税金や健康保険から資金を流用して独占禁止法違反で排除勧告を受けていた。そして前述したように、その会長並びに厚生大臣が小泉純一郎だった。今回の寝具リースをめぐる談合疑惑も、マスコミがもっと掘り下げて調べればそれらに関連して日本病院寝具協会の名も出てくるかもしれない。おそらくマスコミはそれをしないだろうが・・・

2001/08/10、金曜
■番組表■(首都圏保存版)
気になるニュース(保存版)
写真速報・世界】5枚&【写真速報イスラエルvsパレスチナ】4枚(保存版)
 二ヶ所目の現場を完了、明日は新たな現場の打ち合わせに入る。今日は午後から持病の激痛で、痛みに耐えての苦しい作業となる。仕事を終えた直後には歩行も困難となる。今回の一連の現場仕事を終えたら、献血がてら血液検査をしてもらうつもり。下半身の痛みは単なる筋肉痛ではないだろう。今夜はとにかく足を休ませることに専念する。腕の傷は全く痛まず、近いうちに抜糸をすることになる。現場監督の話では、来年度の見積もりから徐々に仕事が増えてくるかも知れないとのこと、大手だけに少し希望が見えてきた。今回の腕の怪我で仕事を切られる覚悟をしていたことは杞憂だったようだ。コツコツと誠意を示すことでしか仕事の評価はされないことを改めて認識する。不景気に何度か会社を畳むことも考えてきたが、後でやってきて良かったと結果的に言えるようになればと思う。しかしながら、それはあくまでも先代の後継者としての役割の範疇内でのこと、私の夢もまたいつかは軌道に乗せていきたいと考えている。それとなく監督に次世代エネルギーに関する某プロジェクトの有無を訊ねてみた。確かに開発は進めているらしいとのこと、いずれ電力会社を脅かすことになるだろうこの次世代エネルギー開発に、私もまた間接的にでも関わっていくような予感を覚えている。今のところ、不景気の余波すら影響を受けないこの大手、その支配一族の家系図を調べて納得した。監督に言ったら驚いていた。詳細に家系図を辿っていけば天皇家に至るのである。わが地元に本社の社長が来る、というだけで全従業員が神経を張り詰め、出迎える騒ぎの中で社長本人は気楽そうに見えたものだった。

2001/08/09、木曜
■番組表■(首都圏保存版)
気になるニュース(保存版)
写真速報・世界】2枚&【写真速報イスラエルvsパレスチナ】2枚(保存版)
 今日は足の激痛も少なく、何とか仕事を終えた。それでも劇薬を扱うだけに、心身共に疲れきる。盆前の仕事も明日で一区切り、その間に腕の抜糸をすることになるだろう。仕事中、すぐ近くのアパートに救急車が止まった。四階のお年寄りが担架で運ばれたのだが、階段から担架を降ろす様子がいかにも大変なようだった。数日前に腕の怪我で私を運んだ救急隊員だと現場監督が言う。偶然の一致とはいえ、不思議な気持ちになった。帰社後、新たな仕事の依頼があった。どうやら現場は高所らしい。土曜日までに返事をしなければならない。まずは現場の下見をしてからの話になる。盆明けには職人の助っ人も確保できそうだし、何とかやり遂げたいと思っている。

2001/08/08、水曜
■番組表■(首都圏保存版)
気になるニュース(保存版)
写真速報・世界】3枚&【写真速報イスラエルvsパレスチナ】2枚(保存版)
 足の激痛に耐えて仕事をしている。薬は時間をおいて服用しなければならないところを、痛み止めの薬を立て続けに服用する。それでも激痛収まらず。私の父は心臓の薬を短時間に再度服用したため、発作が起きて急死の原因となった。それを分かっていながらも激痛には耐えがたいものがある。あと二日で何とか二ヶ所目の仕事を終えねばならない。焦りは禁物だが、思うように動かない体がつらい。盆休みまで体を引きずってでもやるっきゃない。ひとりぼっちの流れ星・・・結局は自分との闘いなんだ。

2001/08/07、火曜
■番組表■(首都圏保存版)
気になるニュー(保存版)
写真速報・世界】7枚&【写真速報イスラエルvsパレスチナ】3枚(保存版)
 病院に行ってきた。待合室の人ごみに辟易する。2〜3時間待ちは普通なのだという。それも盆前とあって普段より混んでいる。私は近くの公園を周遊しながら、受付時間ぎりぎりに申し込んだ。2時間あまり待たされた。包帯を外したとたん看護婦と医師が「うわっ」と驚く。何を驚いているのかと思ったら、ガーゼに染み付いた血の塊に驚いたのだった。手術後に出血したものだったが、それだけ大量に出血したことになるのだろう。それに傷口が並行して三本あったことも驚かせた理由かも知れない。それにしても傷口など見慣れているはずの彼らが驚くとは意外だった。そういえば、事故当日の救急室でも医師や看護婦が驚いていたっけ・・・あれ?これ、何だろう?・・・動いているわ!・・・うへぇ!気味が悪い・・・私の傷口を覗き込みながら何を騒いでいるのか?傷口からエイリアンでも出てきたとでも言うのか?と私も不安になったが、やがてその正体がアリンコだと分かって笑い声が救急室に響いた。現場のアリが私の傷口付近に紛れ込んでいたのだ。その時に救急電話が鳴って、坊やがピラニアに指を噛まれたという電話が入ったのだった。その坊やも今日は来ていて、人差し指は包帯で巻かれていた。あの時は泣き喚いていた坊やも、今日は付き添いの母親と微笑んでいたから大事に至らなかったと思われる。良かった、良かった・・・私の方も化膿止めの薬は要らなくなり、痛み止めの薬だけを処方してもらって帰ってきた。ただ、抜糸は一週間後になるらしい。明日から二ヶ所目の現場に入る。予定では三日間の作業工程、それからは盆休みに入る。そして、盆明けから三ヶ所目と四ヶ所目の現場に着工、それらが完了すれば元通り、つまり建築は全く仕事のない状態になる。車輌だけの収入に頼ってばかりもいられない。そんな焦りが今回のような怪我に通じる隙となったのかも知れない。病院の待合室で隣り合わせた男性もまた私の場合と同じ電動工具で指を怪我したという。三本の指の根元の傷は、それが切断寸前だったことを物語っていた。電動工具が腕を切創した瞬間の、あのパックリ開いた傷口を思い出し、思わず身震いする。

2001/08/06、月曜
■番組表■(首都圏保存版)
気になるニュース(保存版)
写真速報・世界】6枚&【写真速報イスラエルvsパレスチナ】3枚(保存版)
 やっと一ヶ所の現場を終える。あと三ヶ所が残っているが、ここで持病の下半身の痺れで難儀する。一難去ってまた一難というところ・・・足は腕の怪我を忘れるほど痛む。明日は腕の治療をするため病院に行くことになっているので、序でに足も診てもらうことにした。どうなることやら・・・NHK教育テレビのETV2001で興味深い番組をやっていた。題して 「からだをめぐる対話」生き生きとした身体を取り戻す古武術奥義。武道家の甲野善紀氏が会得した自然な動きは、各スポーツ界からも注目を浴びているという。自然な動きイコール無駄のない動きであり、既成概念にこだわらぬ人間の自然な動作はエネルギーを消耗することがない。ために甲野氏のアドバイスを取り入れた某高校のバスケット部は初出場の大会にして準優勝という実績をあげている。私も以前から仕事と人間について考えてきたが、現代社会は仕事そのものが非人間的であって、人間に合わせた仕事の有り様を模索してきた。武道家・甲野善紀氏の試みはそれにも通じるような気がしている。折をみてまとめてみたい。

2001/08/05、日曜
■番組表■(首都圏保存版)
気になるニュース(保存版)
写真速報・世界】6枚&【写真速報イスラエルvsパレスチナ】3枚(保存版)
 ついに子猫たちが外に飛び出した。とはいっても、縁側から庭周辺が行動範囲になったというに過ぎない。今のところ、工場内だけには入れないようにしている。工場には客の車が頻繁に出入りする。猫の習性なのか、どうしてもタイヤの下に隠れるから危ないのだ。工場の前は国道だ。去年轢死した子猫と足を轢かれて行方不明になった子猫も、隣の家から国道に出ようとして車に轢かれている。全て母猫クロを追っての事故だった。今日もクロは子猫たちを裏庭に引率しながら、戻ってくる様子を見せなかった。仕方なしに子猫を抱えて家の中に入れたが、しばらくクロは裏庭で子猫たちを探し回っていた。そんな私のお節介をクロは喜ばないようである。最近では子猫に餌をやるのでさえ苦々しく思っているらしく、クロの前に餌を置いても食べてくれないことがある。野良の野性のままに、本当はもっと自由にさせてやりたいのだ。クロが来てからネズミもいなくなり、その分、私が餌を与えるようになったが、そのことがクロの子育てに悪影響を与えているらしかった。この前はクロが蝉を取ってきて子猫に与えていた。昨夜はまた白いオス猫が来て、子猫たちを暗闇から見ていた。懐中電灯を当てると、その眼が赤く光る。そんな時はそっとしておいてやる。ただ、これから子猫たちが外に出るようになれば、父親でもあるオス猫が子猫をさらうことも考えられる。去年生まれた三匹の子猫のうち一匹は、おそらくそのようにしてオス猫にさらわれたものだと思っている。今年生まれた二匹の子猫たちにはずっと私の傍にいてほしいものだ。この野良猫一家に待ち受けている運命を考えることがあるが、数日前の私自身の事故のことも考えると、私が居なくなったらいったい誰がクロの家族を守ってくれるのかと不安になる。現場で弁当を広げると、足元の小さな蟻たちに気付く。食べ残したオカズを置くと、蟻たちは自分より遥かに大きいオカズの欠片を必死になって運んでいく。それを他の蟻が手助けして一緒になって運ぶ様子を見入りながら、私もまた地球においては蟻以上に小さな存在であったことを再認識する。たとえ物理的にはそのような小さな存在であっても、心だけは宇宙を夢想することができるのだと・・・明日もまた人間社会の小さき命となって汗する自分がいるのだろう。

2001/08/04、土曜
■番組表■(首都圏保存版)
気になるニュース(保存版)
写真速報・世界】8枚&【写真速報イスラエルvsパレスチナ】3枚(保存版)
 今のところ腕もさほど痛むことなく、今日はもう一台の小さな折り畳み自転車に乗ることができた。痛み止めの内服薬も中止することにして、化膿止めの薬だけを服用する。あとは抜糸がいつになるか、だけである。お盆前の仕事を片付けた後の、お盆休みの期間中には治しておきたいものだ。今の仕事は九月の上旬までかかる予定だ。筋肉トレーニングで若い頃の体力を維持するつもりである。事故の最大の後遺症は恐怖感であり、そのために高度恐怖症にも悩まされてきた。今度はそれに電動工具への恐怖心が加わったわけである。あれほど事前に注意深い準備をしながら、ちょっとした心の隙が今度のような事故に繋がったのだ。事故報告は依頼主の本社にも伝達され、ためにこれからの仕事に不安を残してしまった。事故の翌日には現場に出たという評価が認められればいいが、それでなければ来年以降の仕事はまず無くなったと思っていいだろう。それはそれで仕方のないことだと覚悟している。再起不能の体にならなかったことで不幸中の幸いだと思うことにした。

2001/08/03、金曜
■番組表■(首都圏保存版)
写真速報イスラエルvsパレスチナ】5枚(保存版)
 待ってはくれない仕事の中で、怪我した腕のまま何とか今日の仕事を終えた。本音を言えば、苦しい、つらい、心で悲鳴を上げながらも、やるっきゃない意地を貫くことで自己の存在をアピールしたようなもの。時折、縫合した腕がチクリと痛む。医師の忠告を無視しても、やるしかない仕事とは何だろうか?一言でいえば「バカ」である。腕を直角に切創したのであれば、もっと大怪我になったはずだ。斜めに切創したことが不幸中の幸いとなった。その事故が起こる直前には不思議な予兆があった。まず電源コードに電流が流れないことから始まって、次いで電動工具が全く動かないというアクシデントがあった。こんな立て続けのトラブルは珍しく、急遽、予備を取り寄せての事故だった。虫の知らせかも知れない。その直後の事故は一瞬だった。アッと思ったときには腕に斜めの傷口が入っていた。もし電動工具が上に跳ね上がっていたら首を直撃したはずだ。首の動脈を切断すればアウトだ。動脈を手で押さえても血飛沫は止まらず、そのまま気を失う。救急車が到着する頃には全身が痙攣して、黒いカーテンの幕が降りる。遠くで「もう、駄目です。御家族の方を呼んでください」という声が聞こえる。ああ、オレは死んだんだ・・・首から血を流して横たわっている自分の死体を見下ろす・・・そんな悪夢に悩まされてきた。しかし、実際には腕の傷口を押さえながら「救急車を呼んでくれ」という自分がいた。傷口を押さえていた軍手が瞬く間に溢れる血で赤くなった。溢れる血が路面に広がる。救急車が到着して運ばれる間、自分の血液型と住所と名前を言う。この時点で、自分が助かるのか死ぬのか、全く予想がつかない。ふと、今日の「どきゅめんと日誌」は書けなくなる、との思いがよぎる。こうなることが分かっていれば別れの挨拶でも書いておくことができるのに、死は予想もしないかたちで、しかも突然にやってくるものだと・・・様々な思いが走馬灯のようによぎった。しかし、救急手術室に入る頃には自分で歩いて手術台に横たわっていた。これで死の不安が薄れ、医師が傷口を見て「出血は止まっている」と看護婦に伝えた時に、はじめて助かったという安堵の思いに包まれた。ただ嬉しくはなかった。心の何処かで、このまま死んだほうが楽になれそうな気もしていた。死んだら両親に会えるのだろうか?それが保証されているのなら死んでもいい。不景気な世の中とも、傾きかけた会社とも、全ての悩みともオサラバよ。どうだろう、この解放感は・・・注射します、ちょっと痛いけど我慢してね・・・白衣の天使の甘いささやき・・・ああ、注射なんて何本でも打ってくれ。何なら入院してもいいぞ・・・医師が傷口を洗浄しながら「手術は一時間ぐらいで済むので、歩って帰れますよ」と言う・・・え?そうなの?このパックリ開いた深さ3センチの傷でも私は死なないの?あんなに夥しい血が流れたというのに、私は死ねないの?入院することもできないの?妹が駆けつけて「兄ちゃん、死なないで!」と泣き喚き、私がささやくように「ありがとう」と最後の感謝を伝え、眠るように瞼を閉じ、口元にうっすらと微笑を浮かべて・・・そして、そしてガックリと項垂れる。「ご臨終です」医師が手元の腕時計を見て、死亡時刻を遺族に伝える・・・というようなドラマにはならないの?拍子抜けした自分の間抜けた心のままに、待ってはくれない仕事だけが待っていたというお粗末な話であった。

2001/08/02、木曜
■番組表■(首都圏保存版)
 仕事中、怪我をしてしまった。左腕切創、深さ3センチ、長さ約6センチ、即、縫合手術、命に別状なし。現在、本人至って元気。入院の必要もなし。動脈を切断していれば大怪我になったところ、静脈切断と上腕筋の一部欠損だけですむ。不幸中の幸いと言うべきか。しかしながら待ってはくれない仕事のこと、引き続き明日の現場仕事には出なければならない。ちょっとした不注意が今回のような事故を招く。一時は出血が止まらず、どうなることか不安だったが、事故直後に傷口を押さえていたため手術台に乗せられた頃には出血は止まる。抗生物質投与、破傷風予防注射、点滴、傷口の洗浄と縫合といった一連の手当に約一時間余・・・注射、ちょっと痛いけど我慢してね・・・はい・・・そんなやり取りが続く中、看護婦の丁寧な手当に感動している自分を発見する。このままでは傷が完治しても看護婦さんに会いたいために日参するような自分がこわい。変ですねえ、もう治っているはずなんですが・・・でも、痛いんです・・・映画「病院に行こう」を思い出した。足場から転落したあげく仕事をなくしたことを思い出し、これでまた仕事がなくなる不安に怯えています。というわけで、写真速報の更新はできそうもありません。日誌は従来どおり書くことができますが、少し短めになります。今日は自分の腕がパックリ割れて、中がどうなっているのか分かって勉強になりました。黄色い脂肪と奥に一部骨らしきものが見えました。でも、指もちゃんと動くので安心しました。私の隣ではピラニアに指を噛み切られた坊やが泣き喚いていましたが、医師が「坊やを噛んだピラニアは焼いて食べよう」と言ったら泣き止みました。どうやら水槽で飼っているピラニアに坊やが指で突いて遊んでいたらしい。つくづく病院とは人間ドラマの縮図だと思いました。詳細はまたあとで書きます。

2001/08/01、水曜
■番組表■(首都圏保存版)
写真速報イスラエルvsパレスチナ】4枚(保存版)
 道路沿いにある現場で仕事をしていたら「ご苦労さまです」と声をかけられて驚く。みれば気品のある老夫婦が微笑んでいる。とっさのことで「どうも」としか言えなかったが、心なしか疲れが癒された気持ちになる。劇物を扱っていたので、すぐ作業に戻ったが、後々まで老夫婦の労いの言葉が心に残った。
 最近、集団と個人について考えることがある。どういうわけか、私は元々群れるのがあまり好きではない。私の組織嫌いが定着したのも、かつて所属していた組織への懐疑と絶望感によるものだ。組織に頼らない、人に頼らない、また自分に頼るほど私は健常でもないから、時として孤独に苛まれることもある。そんな時は、野山に分け入って自然に溶け込むようにしている。
 今日に引き続き、明日も現場仕事が待っている。現場から携帯電話で、妹に「猫に餌を与えるよう」指示を出したりしている。昨夜は寝入りばな、突然白いオス猫が参入してきた。どうやら子猫たちの父親らしかった。2メートルほど離れた位置から身動きせずに子猫たちを見ている。その子猫たちは無心に母猫クロの母乳を吸いつづけている。見ているうちに涙がこぼれた。よほど我が子に会いたかったのだろう。そんなわけで寝不足がつづいている。いま、祭囃子が聞こえている。