自動車事故の計画ある…ダイアナ元妃の手紙、英紙入手
【ロンドン=土生修一】20日付の英大衆紙「デイリー・ミラー」は、故ダイアナ元英皇太子妃がパリで事故死する約10か月前の1996年10月に書いたとする自筆の手紙を入手したと報道した。内容は、「チャールズ皇太子再婚の障害を取り除くために、ブレーキ故障で私の頭に重傷に負わせるなど、私の車を事故にあわせる計画がある」というもので、論議を呼びそうだ。
同紙によると、手紙はダイアナ元妃の元執事ポール・バレル氏が保管していた。バレル氏は、「元妃は、手紙を封印する時、私に『日付を書いておきます。万が一に備えて、あなたに預かってもらいたい』と言った」と語っている。バレル氏は、ダイアナ元妃の所持品を盗んだとして窃盗罪で起訴されたが、検察側が昨年11月、訴訟途中で起訴を取り下げ、無罪となった。ミラー紙は同氏に高額の謝礼を払い、バレル氏の手記を連載している。元妃の事故死については、暗殺説も根強くささやかれたが、フランス捜査当局は、運転手が飲酒のうえスピードを出しすぎていたのが事故原因との結論を出している。(読売新聞)
問題の、直筆と思われる手紙は次のようなものだ。
ポールへ(執事、バレル氏)
10月のこの日、私は今、自分のデスクに座り、誰かが私を抱きしめてくれて、頭をしっかり高く上げているんだよと、励ましてくれたらどんなにいいだろうと考えています。私の人生は最も危険な時期にあります。(チャールズ再婚の)障害をなくすために---は私の車に事故を起こさせ、ブレーキを利かなくして、頭に重傷を負わせようとしています。
1997年8月31日、ダイアナ妃は交通事故で死ぬのだが、当時の私もこのニュースには驚いたものだ。その詳細を知るにつれ、これは殺人ではないか?と疑いを抱くようになった。1998年3月30日の日誌に私は次のようなことを書いていた。
執事は「ドディ氏はダイアナさんにプロポーズするつもりだと思った」と証言する。そしてあの惨事である。伝え聞くところによるとダイアナ元妃は妊娠約六週間だったという。光の扉が開いて瞬時に閉ざされたような二人の運命だった。このことは20世紀の悲劇としてケネディ暗殺と並ぶものであろう。そしてどちらも巨大な陰謀の影が色濃く残っている。
この執事とは今回手紙を公表したポール・バレル氏のことだろう。ほか、私もいろいろと資料を集めたが、日を追うにつれ、やはりダイアナ妃は謀殺されたとの疑念を強くしていた。あれから6年後の今、ダイアナ妃の死を予感した手紙が公になったことで、再度この事件を検証してみたくなった。残念ながら、あの頃のファイルも見失ったが、もう一度資料を集めたいと思う。
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