<中東和平>停戦合意せず 協議再開は微妙な情勢
ペルー・リマの米大使館近くで爆発、9人死亡
フィリピン全土で爆発物見つかる 計9個に
<アフガン>21日に新年を迎え、祝賀行事が6年ぶりに復活
ドゥラン・バロゾ氏を首相に指名 ポルトガル大統領
旧ミドリ十字の血液製剤、米で禁止後も国内で販売
長野・浅間温泉で山火事 7棟焼け、百世帯に避難勧告
東京で桜が満開 観測史上最速
国籍取得「緩和」を 21世紀臨調、憲法など改革案
反戦地主の象徴・阿波根昌鴻氏死去
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<中東和平>停戦合意せず 協議再開は微妙な情勢
【エルサレム井上卓弥】イスラエル・パレスチナ衝突の停戦に向けた双方の治安当局者協議が20日夜、ジニ米特使の仲介で行われたが、停戦履行条件をめぐり、両者の主張が対立、合意に達しなかった。一方、イスラエル軍は21日未明、死者8人が出た20日のイスラエル北部での自爆テロの容疑者捜索を理由にヨルダン川西岸のパレスチナ自治区ジェニン近郊の村に一時侵攻、パレスチナ人活動家ら約20人を拘束した。
イスラエル放送によると、治安当局者協議では、米の停戦実行案(テネット案)の履行期間について、イスラエル側が「4週間」を主張、パレスチナ側は「2週間」と主張して対立した。パレスチナ側はまた、ユダヤ人入植地活動の凍結を盛り込んだ国際調査委員会(ミッチェル委員会)報告書勧告の早期履行を要求しているという。
ジニ特使は21日中にも協議を再開したい意向だが、パレスチナ人過激派のテロ再発とイスラエル軍の再侵攻によって停戦の動きが揺らぎ始めており、順調に進むかどうか微妙な情勢だ。
一方、米政府当局者は20日、停戦宣言が行われた場合、チェイニー米副大統領とアラファト・パレスチナ自治政府議長の会談が、来週初めにもカイロで行われる見通しを示した。また、会談が実現できるようアラファト議長に対し、パレスチナ側のテロ停止と停戦実現への努力を改めて強く要請した。(毎日新聞) |
ペルー・リマの米大使館近くで爆発、9人死亡
ペルーの首都リマ市内にある米大使館に近い路上で20日夜、車に仕掛けられた爆弾が爆発し、少なくとも9人が死亡、30人が負傷した。治安当局は犯行組織を特定していないが、ブッシュ米大統領の23日からのリマ訪問に抗議するテロの可能性が高いとみている。
警察当局によると、爆発現場は、米大使館から約100メートル離れたホテルの1階にある銀行の前。車2台が爆発して地面に穴が開き、周辺の車数台も炎上。銀行などの窓ガラスは粉々に割れた。死者の中には18歳の少年もいた。米大使館には被害はなかったが、AFP通信は大使館外側の警備に就いていた民間ガードマン1人が死んだと伝えた。米国人の死傷者はいない模様。
トレド大統領は訪問先のメキシコで「強く非難されるべきテロだ。我々は断固としてテロと戦う」と表明した。
警察によると、20日未明にはリマ北部で、スペイン系電話会社の支店前に置き去りにされたバックパックが爆発した。負傷者はいなかった。
ブッシュ大統領は現職の米大統領として初めてペルーを訪問する予定。トレド政権は警備強化のため、リマに警官7千人を動員し、リマ上空の航空機の通過も原則禁止とする方針だ。
ペルーでは90年代初めまでセンデロ・ルミノソ(輝く道)など左翼ゲリラ組織による爆弾テロがしばしば起きた。96年12月からの日本大使公邸占拠事件を経てゲリラ活動は抑え込まれたが、ここ2、3年も地方の密林では国軍とゲリラの戦闘が発生。治安当局によると、昨年にはリマの米国施設へのテロ計画を未然に防止した。
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フィリピン全土で爆発物見つかる 計9個に
フィリピン国家警察によると、21日未明から朝にかけて、マニラ首都圏で爆発物2個が見つかった。また、南部ミンダナオ島で20日夜から21日にかけて3個が見つかり、警察の爆発物処理班などが処理した。首都圏で18日から見つかった爆発物4個と合わせ、4日間で発見された爆発物は計9個になった。けが人などは出ていないが、警察は「アロヨ政権を動揺させるための犯行である可能性が高い」とみて、厳戒態勢を敷いている。
調べによると、これまでに首都圏で見つかった計6個の爆発物は、手投げ弾か迫撃砲の弾頭が使われていた。鉄道駅近くや乗り合い自動車の中など人通りの多いところに置かれ、電線で乾電池につながっていたが起爆装置はなかったという。
いずれも「先住民族連邦軍」と名乗る組織の声明文が添付されており、先住民族とイスラム教徒、キリスト教徒がそれぞれ独立した権限を持つ連邦制の国家成立を求める内容が記されていた。
ミンダナオ島コタバト市で見つかった2個も同様の構造だったほか、同島ジェネラルサントス市の百貨店では異なる構造の爆発物が見つかった。さらに、中部セブ島ではビル階段に小びん入りの薬品と電線、乾電池など爆発物を模倣したとみられるものが置かれており、警察は愉快犯によるものとみている。
ゴレス国家安全保障顧問は21日、「事件はテロとは無関係であり、政治的な犯行だ」と述べた。警察内では、巨額の横領罪などに問われているエストラダ前大統領派がアロヨ政権に揺さぶりをかけているとの見方が強いが、前大統領夫人のルイサ上院議員は「アロヨ政権の自作自演だ」と話し、強く否定した。(20:39)
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<アフガン>21日に新年を迎え、祝賀行事が6年ぶりに復活
【カブール笠原敏彦】アフガニスタンは21日に新年を迎え、首都カブールでは、イスラム原理主義勢力タリバン時代に禁止されていた伝統の祝賀行事が6年ぶりに復活し、にぎやかなムードに包まれた。
市内のカルテサヒ廟では、新年を祝う恒例の「旗揚式」が復活。アイマック市長が「20年間の内戦が終わり、待ち続けた平和が訪れた。この幸福が続くことを祈りましょう」とあいさつ、市民の掛け声の中で、イスラムを祝福する緑色の旗が立てられた。
また、タリバン時代は処刑場にもなったガジ・スタジアムでは、政府が祝賀イベントを開催。アフガン人女性兵士のパラシュート降下などがあった。(毎日新聞) |
ドゥラン・バロゾ氏を首相に指名 ポルトガル大統領
ポルトガルのサンパイオ大統領は21日、総選挙で第一党となった社会民主党(中道右派)党首のジョゼ・マニュエル・ドゥラン・バロゾ氏(45)を首相に指名し、組閣を命じた。
社民党は議会(一院制)で過半数は制していない。同氏は安定的な政権が必要として、まず保守の民衆党との連立工作に入るとしている。両党の議席を合計すれば過半数を確保できる。
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旧ミドリ十字の血液製剤、米で禁止後も国内で販売
肝炎感染が問題になっている旧ミドリ十字(現三菱ウェルファーマ)の血液製剤「フィブリノゲン」をめぐり、同製剤と同じ成分の製剤が米国では77年、肝炎感染の危険などから製造承認が取り消されていたのに、旧厚生省は国内で感染被害が相次いだ87年に調査を指示するまで、何の措置も取っていなかったことがわかった。厚生労働省の海外での副作用情報などを収集する体制の不十分さを改めて示す形となった。
フィブリノゲンは、ヒトの血しょうに含まれる血液凝固第1因子で、その製剤は主に止血や臓器の接着などに使われる。米食品医薬品局(FDA)の99年の報告書によると、フィブリノゲン成分を精製した製剤は米国で1製品あり、40年代から使われ始めたが、77年12月、肝炎感染の危険性があるとして承認を取り消したという。日本では64年、旧ミドリ十字がフィブリノゲン製剤の製造承認を受け、輸入血液などを使って製造していた。
米国での禁止措置は、旧厚生省所管の国立予防衛生研究所(現在の国立感染症研究所)の元血液製剤部長が79年に初版を発行した著書で国内に紹介し、その理由を「製剤の効果は疑わしく、肝炎感染の危険性が低いクリオ製剤(少人数の血液で製造)で代替できるということらしい」と記述していた。
しかし、国内では販売が続き、87年、青森県内でフィブリノゲン製剤を投与された産婦8人のC型肝炎感染が発覚し、自主回収された。加熱製剤に切り替わったが、なお感染例があり、94年から化学処理された製剤がつくられるようになった。
厚労省の現在の担当者は最近まで、77年当時の米国の措置を把握しておらず、「当時、厚生省が把握していたかどうかも、25年前のことなのでわからない。米国での承認取り消しの経過を含め、米政府に確認中だ」としている。三菱ウェルファーマ社は「米国で同様の製剤が取り消された理由や、その情報を把握した時期、どのような判断で販売を続けたのかは現在わからず、調査している」としている。
同製剤は80年以降、国内で28万3千人に使われ、うち1万人余りが肝炎ウイルスに感染したと推定されている。
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長野・浅間温泉で山火事 7棟焼け、百世帯に避難勧告
21日午前10時5分ごろ、長野県松本市浅間温泉3丁目の墓地付近から出火、火は強風にあおられて東側の山林に燃え広がった。県や松本広域消防局によると、広い範囲で5カ所から火の手が上がり、約143ヘクタールが延焼し、民家や物置など7戸が焼けた。市は正午過ぎ、約100世帯に避難勧告を出し、60世帯119人が浅間温泉文化センターに避難した。避難勧告は午後4時40分、解除され、けが人はなかった。また、消火作業中の消防団員が白骨化した男性の遺体を見つけた。
松本署は、墓参りの火が原因の可能性もあるとして調べている。
松本広域消防局や県警など約1000人と消防車計約60台、防災ヘリコプターが出動。長野県から要請を受けた、岐阜県や群馬県などの防災ヘリや陸上自衛隊(松本市)のヘリなど計9機で消火に当たった。
強い南風で、浅間温泉地区から北や東に約2〜5キロほどの範囲に飛び火、ゴルフ場のコースの一部が燃えるなどの被害も出ているという。
浅間温泉から数キロ北にある養護老人ホーム「温心寮」と「浅間つつじ荘」の入所者約220人も近くの公民館や中学校に自主的に避難した。
現場から見つかった白骨遺体は20〜40歳代とみられ、山林のなかで倒れていたという。
この日、松本地域で最大瞬間風速28.5メートルを記録した。
また、千葉県成田市周辺でも昼ごろ、2件の山林火災があった。成田署などによると、午前11時40分ごろ、同県栄町麻生の山林から出火、成田市佐野の山林など約8ヘクタールが焼けた。また、午後0時25分ごろ、約5キロ南の同市松崎の竹林から出火、約1ヘクタールを焼いた。火は竹林に隣接する民家に燃え移り、住宅や物置など4棟計約185平方メートルを全焼した。
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東京で桜が満開 観測史上最速
春分の21日、関東地方は高気圧に覆われ、暖かい1日となった。東京都心では最高気温が21・5度と5月上旬の暖かさとなり、桜は満開となった。
気象庁によると、満開は1953年に観測記録をとるようになってから最も早く、平年より15日早かった。この日を境に日ごと、夜よりも昼の方が長くなっていく。いつもなら「三寒四温」と寒暖が入り交じる天気となるが、今年は北からの寒気が入りにくく、平年より暖かい日が続きそうだという。(14:53)
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国籍取得「緩和」を 21世紀臨調、憲法など改革案
新しい日本をつくる国民会議(21世紀臨調=亀井正夫会長)は20日、日本国籍を取得する条件を緩和するための憲法上の規定の創設や、憲法が定める差別禁止の対象を日本に住む外国人にも拡大することなどを柱とした「国民の権利・義務」に関する憲法・基本法制改革案を発表した。国家を他民族や異文化を受け入れる「文化的価値観を共有する政治体」と位置づけるよう主張しているのが特徴で、国籍法や戸籍法の抜本的見直しも提案している。
改革案は、国民の要件を定めた憲法10条について、国民が国家を構成する不可欠な要素であるのに「具体的要件をすべて国籍法にゆだねている」と指摘。「従来の同質的で民族共同体的な考え方を改める方向」での国籍取得の条件緩和が必要として、国籍法の抜本改正も求めた。
「平等原則」を定めた14条については、日本国民であるかどうかにかかわらず、日本にいる外国籍の人々にも保障される権利であると指摘。現行の条文にある「国民」という表現を見直し、「何人も」という趣旨を明記するよう提案した。
こうした問題意識の背景には少子化や人口減少といった社会情勢の変化があり、外国人労働者についても「一定の条件の下で移入の拡大を検討すべきだ」とした。
一方、環境権や知る権利の明記のほか、生命科学の発達を考慮して「人間の尊厳」の保護についての規定を設けるよう提案。選挙権についての意識を高めるため事前登録した人だけが投票権を持つ「登録投票制」の導入を提案した。「源泉徴収制度が納税義務の観念をまひさせている」として同制度の廃止も訴えた。
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反戦地主の象徴・阿波根昌鴻氏死去
米軍への沖縄土地闘争の象徴的存在で、半世紀にわたり「基地のない島」を訴えてきた沖縄県伊江村の反戦地主、阿波根昌鴻(あはごん・しょうこう)氏が21日午前7時7分、同県豊見城村の病院で肺炎のため死去した。101歳だった。葬儀は22日午後1時から伊江村東江上3461の1、村立聖苑で。喪主は妻喜代(きよ)さん。自宅は同村川平97。
現在の沖縄県本部町に生まれた。伊江島に移住して農業に従事するが、沖縄戦を生き延びた後、米軍の「銃剣とブルドーザー」と言われる強制的な土地接収に遭い、孤立無援のなかで抵抗を始めた。徹底した非暴力主義を貫いた「伊江島闘争」は、50年代に沖縄全体に広がった反基地のうねり「島ぐるみ闘争」へとつながった。
84年には同島に反戦平和資料館「ヌチドゥタカラ(命こそ宝)の家」を建設。県内外から訪れる多くの見学者と世代を超えて交流し、反戦平和の願いを訴え続けた。
著書に「米軍と農民」(岩波新書)などがある。生前、身近な人に「私が死んだら『戦争屋』が喜ぶから死ぬことはできないね。平和運動を続けなければいけないね」と話していたという。
<一坪反戦地主会代表世話人の新崎盛暉・沖縄大学長の話> 50年代沖縄の島ぐるみ闘争を象徴する最後のリーダーの一人だった。沖縄の民族性である「愚直さ」を体現し、相手の米兵も対等な人間とみて、非暴力でねばり強く土地闘争を挑んだ人だった。死去の知らせを聞き、時代の流れを強く感じた。(21:26)
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