【私的めもらんだむ】
1時
マーの様子が変だ。あたり一面に吐瀉し、哀しい鳴き声をあげている。小さい頃から何でも口にする猫だった。また何か悪いものでも食べたのだと思う。もう少し様子を見てみようと思う。ナメ次郎の介護したことを思い出した。ブラウンは助からなかったが、ナメ次郎は危機を脱した。マーも何とか助けたい。朝になったら吐瀉物を片付けよう。
弟が妹夫婦の家に泊まっている。今度は弟が会社のオーナーになる。その手続きに来たのだ。いつも挨拶だけで素通りして帰っていくが、こういう時ぐらい私とゆっくり話しても良さそうなものだ。老兵は死なず、ただ去るのみ・・・後は弟に任せて、私は邪魔にならぬよう静かにしていればいいのだろう。とはいっても、不況で傾きかけたボロ会社に最後まで残った私のこと、弟とは違う感慨深いものもまだ残ってはいる。寂しさを通り越して虚しくさえある。その心情を少しはわかってほしいと思う。
一番に思い出されるのは、タンクの中で真っ黒になって仕事をしたことだ。防毒マスクをつけなかったら死ぬような現場で、私は自分なりに会社のために働いてきたつもりだ。不況で仕事が途絶えながらも、何とか残った仕事を細々と続けている。全ては経営手腕の無かった私の責任なのだろう。地道にコツコツ誠意のこもった仕事をしたいとしながら、それだけでは生きていけない現状の中で・・・もう何も云うまい。
会社のことより、マーが心配だ。小さな命に心を傾ける私は・・・やはり変人なのかも知れない。
2時
深夜、いくら呼んでもマーが応えない。何とか故母の部屋の片隅に居たマーを探し出し、キャットフードを口元に置いてやった。ゴロゴロと喉を鳴らすマーに少し安心した。ただ、吐瀉物が多いのが気になる。胃袋が異物を吐き出そうとしているのだろう。猫は病気になると誰も寄せ付けようとはしなくなる。今のマーがそんなふうだ。マーには死んでほしくない。元気になったら思いっきり外で遊ばせてやりたい。
6時
マーが水を飲んだ。元気はないけど、大丈夫だろう・・・多分。その間、ランプがひとつ出来た。
12時
妹と弟が、今後の私の身の振り方で話し合いたいと云う。拒否・・・自分の身の振り方ぐらい自分で考える。こんな時に限って仕事が入る。奴らにはひとり工場で仕事をしてきた私の気持ちは分かるまい。オレは厄介者なのか?生きていては目障りなのか?貧乏人はさほどに屈辱を受けねばならぬのか?
13時
弟が東京に帰って行った。これからどうするのか?やろうと思えば道は何処にでもあるものだ。あんちゃん、ぼやくなよ。前向きに生きてよ。ああ、おまえの云うとおりだ。だが、オレは後ろを振り返る、後向きにしか生きられない人間だ。オヤジやオフクロのことを思い出しながら、彼らの生き方を踏まえて出直したい。オレは両親には人一倍手を焼かせた。死んだ親にスマナイスマナイと謝りながら、今を必死で生きているつもりだ。これからどうする?そんなことは毎日考えてるさ。この不況での経済苦が、喰うことでしか生きられないことを教えてくれた。喰えなくなった今、他人の情にすがって辛うじて生きている。その恩に報いるためにもオレは必ずよみがえる。今の今を見て、惨めなオレだとは思ってくれるな。オレはこんなふうにしか考えられず、こんな生き方しか出来ない人間だ。
身内と云えども価値観の相違が決定的になるものだ。全ては終わった。午後から仕事の準備に入る。マーは大丈夫みたい。餌をやらなくては、と思いつつも、動けない。なぜか放心している自分がいるだけ・・・
14時
監督が帰って行った。
−建築の同業者はみんな○○町に出張しているみたい。
=それっておそらく原発の仕事だね。
−ああ、なるほど・・・知事も原発稼動容認の姿勢だし、再稼動の準備を始めたわけか。シュラウドなんか交換せず、削っただけでOKが出たしね。
=そっちに稼ぎに行くってのはどう?
−それもいいね。でも、あそこはチェックが厳しいからね。以前のオレなら何とか通ったけど、反原発に賛同してる今はチェックの段階で外されちゃう。
ひとりぼっちの流れ星、流れ流れて何処へ行く
つらい浮世で浮かんで沈む、そんな心が掴めない
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