04/01/27 (火)
-1〜6℃、西よりの微風
 午前11時前、ひと仕事を終えてこれを書いている。下地調整の些細なミスも見逃すまいと仕上げ前の最終チェックをする。これを我々業界では「傷拾い」と称している。些細な傷も仕上げでは艶の照りでしっかりと刻印されて浮かんでくる。猫の毛一本くっ付いても目で確認できるくらいだ。かくして仕上げには神経を使うが、ために、それ以前の作業にこそ手抜きは許されないのだ。そんな作業過程では様々なアクシデントも頻発し、現場の臨機応変が求められる。修正するつもりがかえって新たなトラブルを誘発することもあり、大抵はその方が多い。今度の場合、二つの仕事を同時に進行させねばならず、迫る納期に合わせての手順に悩んだりしている。それがけっこう楽しかったりする。そろそろ仕上げに入る段階だが、その前にこうして気を落ち着かせているというわけだ。
 急に仕事を持ってきては「明日までに仕上げてくれ」と無理を強いられ、「出来ない」と拒むのは簡単だ。そんな無理を承知で「やってやろうじゃないか」と腹をくくってしまう私もかなり変人だと思う。引き受けた以上、やり通さなければならないのは当然だが、それ以前に「何とかなる」と踏んでいるのも確かである。余ほどの無茶な仕事でない限り、多少の無理は利くと思ってのことだ。これも継続してきた孤軍奮闘の賜物だろう。冬には鼻水が、夏には汗が滴り、それを拭き取りながら作業をしてきた。誰も居ないガランとした工場の中で・・・たった一人の戦争だ。

 郵便受けに税務署からの書類があった。まだ中を見ていない。見れば落胆するのが分かっている。ここは仕事が終わってからゆっくり拝見しよう。我々零細は草刈り場で刈られてゆく雑草に過ぎない。しかし、その雑草は刈られても刈られても次から次へと蔓延るしたたかな雑草だ。雑草を踏みにじる足が痛まないほどに、雑草はその痛みを知っている。痛みこそ雑草の命の源泉だ。踏まれるたびに強くあれ、と、自分を励ます孤軍奮闘はつづく。そんなカラ元気でも死ぬよりはマシだと、悲鳴をあげても這いつくばって生きている。そんな生き方に意味がないとは云わせない、いまの試練を未来に託す。今にみていろと・・・

 15時半現在、いま社長がベースを持って帰った。明日が納期のはず、よほど急ぎの仕事だったらしい。先に仕上げておいて良かった。まるで社長が来ることを見計らって急いだようだが、これは全くの偶然だ。何度も電話したらしいが、仕事をしている最中は電話にも出ないことにしている。硬化剤を使用するので手が抜けないのだ。でも、今度のようなこともあるから、やはり電話には出るようにしよう。しかしながらベースはまだ生乾きだ。完全乾燥するには明日まで待たなくてはならない。それを社長が突然引き取りにきたのである。少しでも圧力をかければ塗膜は剥がれる。そのことの注意を促しながら社長を見送った。「次の仕事もすぐ持ってくるから忙しくなるよ」と云い残して行った社長、急に忙しくなるなんてどうしたんだろう?忙しくなることは願ってもないことだが・・・精密機器を扱っている会社だけに、軍需景気の前触れか?などと余計なことを考えてしまった。監督がいつか云った言葉を思い出す。「うちの社長は、どんなことがあっても会社を潰さない、と言っている」・・・信念の人か、信頼にたる経営者なら私も喜んで付いていきたい。もう一つのロータップも完成させてある。へとへとに疲れた。それにも増してやり終えた充実感がある。アクシデントの連続だったが、これで仕事への自信がついた。



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