03/12/05 (金)
 母ちゃん・・・生前にいつも呼んでいたように、今日はそう呼ばせてもらうよ。
今年もモミジが真紅の装いで、それは綺麗に着飾っているんだ。母ちゃんが死んだ日もそうだったね。今年は天候不順で5日遅れの紅葉だ。モミジの形が母ちゃんの手に見える。たくさんの梅干をつくっていた頃の、母ちゃんの真っ赤な手、それが何枚ものモミジの葉となっているようだ。きっとそうだ。あの世でオレを心配している母ちゃんが、オレを招くように何枚ものモミジの手になったんだね。もう心配しなくていいんだよ。心配ばかりしていると成仏できないから、もういいんだよ。ゆっくり休んでほしい。来年も梅干を漬けるんだと張り切っていた母ちゃん、その年の暮れに死んでしまったけど、心はみんなに届いたと思う。今度はオレが母ちゃんに贈る番だ。鈴なりになったキュウイの実と、清々しい香りを放つカリンの実を、たくさん仏壇の前に置いた。それに紅葉したモミジの写真を添えて、オレの心と共に贈る。猫もいるよ。昨夜は、食べかけの雑炊の入った鍋をひっくり返してくれた。キャットフードをたっぷりあげているのにねえ。それでもひっきりなしに食べたがる。子猫なんか妊娠したかのようにお腹がパンパンに膨れてね、憎らしいほど可愛いよ。

 父ちゃん・・・会社支えきれないよ。工場の屋根も破損して、そこから雨や風が吹き込んでくる。最後に残った仕事だけ、一人でやってるよ。今、ニッポンは父ちゃんが想像だにしなかっただろう未曾有の大不況に見舞われている。日本の指導者たちは、そんな国民の困窮をよそに、他国へ5000億円もの大金を供出しながら軍隊を送り込もうとしている。バブル経済の失態を国民の血税で賄いかつ増税を推し進めている。国民の税金と命を踏み台にしてまで、戦争に行かなければならない大義なんて信じないよ。戦争じゃない、イラク復興を支援するんだと云ってるけど、それなら銃器をシャベルに持ち替えるべきなんだ。人を殺すための凶器を携えて、いきなり復興支援だと乗り込む日本人を、イラク国民が喜んで迎えてくれると思うかい?父ちゃんはよく戦争体験を懐かしそうに語っていたね。戦争とは殺さなくては殺される緊迫した状況なんだ。おまえはそんな時でも黙って殺されるのか?・・・だから、そうなる前に外交折衝で何としてでも戦争を食い止めるのが先決なんじゃないか!・・・そんな口論、父ちゃんは覚えているかい?オレは覚えているよ。今でもオレは戦争否定論者だ。戦場に我が子を送り出すことを拒む母親の母性に依存する、父ちゃんから見れば、およそ男らしくない女々しい泣き虫さ。人間社会のオチコボレ、学校教育をボイコットして、自然を選んだ野良犬だ。そんな虫けらが打ちのめされて頭を抱えてるってわけだ。でも野良だからね、自分の傷を舐めて必死で立ち上がるさ。

 母ちゃん、嘆かないで・・・死者に鞭打つように、大バカ野郎のオレはまた父ちゃんに楯突くけど、これも宿命のようなものなんだ。オレ、一度でいいから父ちゃんと釣りをしたかった。釣り糸垂れて、川面を黙って眺めているだけで、父ちゃんと二人で河原に並ぶ。それだけで安心していられるような気がする。親不孝の限りを尽くしながら、すでに親が死んでしまった今頃になって、こんなこと考えるオレはやっぱり身勝手だよなあ。毎年、紅葉の時期になると母ちゃんと父ちゃんのこと思い出す。やがて落ち葉も散り尽くす閑散とした寒い冬がやってくる。そんな永遠につづくような長い冬も、巡り来る春の兆しに終わりを告げるんだね。必ずやって来る春の季節を想い、今の凍てつく心の冬を耐えていこうと思う。母ちゃん、父ちゃん、来年モミジが真紅に染まるまたその日まで、しばしの別れだ。

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