イラク北部で日本人外交官2人殺害 並走車から銃乱射
イラク北部で29日、四輪駆動車で移動中の奥克彦・在英大使館参事官(45)、井ノ上正盛・在イラク大使館3等書記官(30)、イラク人運転手が襲撃され、殺害された。3月のイラク戦争開始以降、日本人に死者が出たのは初めて。福田官房長官は「テロの可能性が強い」との見方を示した。小泉首相は、自衛隊や文民のイラク派遣を目指す方針に変わりがないことを強調した。政府は派遣の概要を定める基本計画を12月中旬までに閣議決定する日程は変えない方針だが、実際の派遣時期や内容に大きな影響が及ぶのは必至だ。イラクでは29日にスペインの情報機関員7人、30日に韓国人2人が殺害されるなど、米同盟国への襲撃が頻発している。
日本人外交官2人が殺害されたのは29日午前11時(日本時間同日午後5時)ごろで、現場はイラク北部ティクリート南郊のディジュレの幹線道路。首都バグダッドからは北に約150キロの地点だった。イラク警察は、所持金や貴重品が盗まれていなかったことなどから、米英主導の占領に反対する武装勢力によるテロとの見方を強めている。ディジュレ警察によると、バグダッドから北へ向かう片側2車線の幹線道路を走行中、後ろから追いついた車が、左側を並走しながら自動小銃を乱射し、そのまま逃走した可能性が高いという。車は30メートルほど先で道路脇の農地に突っ込んだため、近くの売店の主人が気づいて警察に通報した。警察が約1時間後に現場に到着した際には、左ハンドルの車の運転席にいた運転手のジョルジース・ゾラさん(54)と、前方右の座席にいた井ノ上さんはすでに死亡していた。後部座席にいた奥さんは、意識はないもののまだ息があり、ティクリートの病院で救命措置を受けたが、午後2時前に死亡したという。2人が乗っていたのは黒の四輪駆動車トヨタ・ランドクルーザー。29発の弾痕がすべて左側に残されており、うち1発はフロントガラスまで突き抜けていた。ナンバープレートは外に出さず走行していたとみられ、車内に残っていた。ナンバープレートをつけない黒の四輪駆動車は、米占領当局の要人の移動に使われていることが知られており、イラク警察は、占領当局者が移動していると思われてテロの標的になった可能性もあるとみている。
イラクに対する日本の支援に関しては、国際テロ組織アルカイダの幹部を名乗る男が11月、「日本がイラクに自衛隊を送れば、東京を攻撃する」との声明をアラビア語雑誌に送りつけていた。今回の事件とアルカイダなど国際テロ組織の関係は不明だが、日本は米英占領体制と一体とみなされる存在で、攻撃対象に含まれるという考え方は、地元の武装組織にも広まっている可能性がある。
外務省によると、2人はイラク戦争の大規模戦闘が終わる前に、復興支援のために米英主導の占領当局に派遣されていた。2人は29、30の両日、ティクリートで開かれる予定だった北部イラク支援会議に出席するため、29日午前10時にバグダッドの大使館を出発していた。一定程度補強されている軽防弾車だったという。
在イラク大使館では通常、職員らが外出する際武装警備員が同行することにしているが、今回はいなかった。車はナンバープレートを外すなど、日本大使館の車と分からないようにする対策もとっていたという。
川口外相は田中和徳大臣政務官を30日午後、クウェートに向けて派遣した。政務官はイラクには入らず、事実関係の把握や遺体の引き取りに当たる。
外務省によると、バグダッドの日本大使館には日本人職員11人が勤務。ほかにNGO(非政府組織)関係者1人、多数の報道関係者がイラクに滞在している。
自衛隊派遣、時期判断さらに厳しく 首相「姿勢変えぬ」
イラクへの自衛隊や文民の派遣に向けた政府の判断は一層厳しさを増すことになった。政府は基本計画を12月中旬までに閣議決定する方針は変えていないが、要員の本格派遣は早くても1月中旬以降になる。政府・与党内では、安全確保が難しいとして陸上自衛隊の早期派遣に慎重論が強まっており、派遣時期の判断をさらに先送りしたり、航空自衛隊の先行派遣を模索したりする動きが強まっている。
小泉首相は30日、東京・東五反田の仮公邸で記者団に対し「国際社会の一員としてテロに屈してはならない。復興支援、人道支援に自衛隊、文民、政府職員、やるべきことをやると表明している姿勢に変わりはない」と述べ、自衛隊派遣の方針は変えないと強調した。
政府が閣議決定を12月中旬までに行う方針を変えないのは、
(1)自衛隊の「早期派遣」を求める米国への配慮
(2)派遣のための予算を確保するため、予算編成が本格化する前に閣議決定を終えたい
――との考えからだ。また、国会で年内に閉会中審査を行い、与野党に説明する方針だ。
ただ、政府・与党内では、基本計画の決定後、実際に自衛隊をいつ、どんな形で派遣するかについては「現地の治安状況などを詳細に調べたうえで十分慎重に判断すべきだ」(公明党の冬柴鉄三幹事長)との意見が強まっている。
自民党の額賀福志郎政調会長は30日、大阪市で講演し、「少なくとも政府は基本計画を立てて、具体的にどういう行動を起こすかは、イラクの情勢をよく調査したうえで判断することが適切だ」と語った。
陸地で起きた今回の事件を受け、政府内ではまず空自C130輸送機の派遣をめざし、陸自の派遣はイラクの治安が安定するまで見送るべきだとの考えも浮上している。防衛庁幹部は30日、「今回の事件を重く見るなら空自の先行派遣の選択肢もある」と述べた。
一方、小泉首相は同日、派遣要員の安全確保について「地域によって、できるところとできないところがある」と述べ、事件が起きたティクリートよりも、陸自派遣の候補地であるサマワは安全性が高いと判断していることを示唆した。
銃撃受け韓国人2人死亡、2人けが ティクリート
韓国外交通商省は30日、イラク北部のティクリートの幹線道路で同日、韓国人が乗った車が銃撃され、2人が死亡、2人がけがをしたと明らかにした。現場近くの同じ幹線道路では29日、日本の外交官2人が銃撃され、殺害されている。
イラク戦争後、イラクで韓国人が殺害されたのは初めて。韓国政府は追加派兵計画を進めており、影響は避けられないと見られる。
同省によると、けがをしたのはソウルに本社のある電気関係の会社からイラクに派遣された2人。うち1人は重体とされる。死亡した2人の身元は確認中という。
同社は米国企業の下請けでティクリート付近で送電塔工事を請け負っており、30日、宿泊中のバグダッド市内のホテルからティクリートに向かう途中で襲われたという。
スペイン情報機関員襲撃され7人死亡 バグダッド南方
イラクのバグダッド南方で29日午後(日本時間同夜)、スペインの情報機関CNIの職員8人が乗った車列が襲撃され、7人が死亡、1人が軽いけがをした。スペインのトリリョ国防相が同日、国民向けのテレビ演説で明らかにした。
AP通信などによると、現場はバグダッドの南約30キロの地点。目撃者の話では、8人が乗った2台の四輪駆動車が背後にいた車から銃撃を受け、道をそれて止まったところをロケット弾や手投げ弾などで攻撃されたらしい。2台の車は、所属がわかるような標識も付けていなかったという。
事件直後に現場を通りかかった目撃者によると、焼けこげた5体の情報機関員の遺体を多数のイラク人が取り囲み、フセイン元大統領をたたえる歌を歌っていたという。
スペインは、約1300人の兵士をイラク南部に派遣し、ポーランド軍指揮下の多国籍部隊に参加している。また、イラク戦争前から米国の対イラク強硬姿勢への支持を明確にしていた。
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