ローゼンバーグ捏造スパイ事件と演出された裁判劇
マッカーシズム旋風は同時期起こった水爆製造に反対して追放されたオッペンハイマー(John
Robert Oppenheimer 1904-1967)と、その水爆の基礎となる原爆製造の機密をソ連に渡したとされるローゼンバーグ(Rosenberg)捏造スパイ事件が深く関連している。
ジュリアス(Julius)とエセル(Ethel)のローゼンバーグ夫妻が処刑されたのは1953年6月19日だが、奇しくもこの時期オッペンハイマーにも機密保持違反の疑惑がかけられている。歴史的な捏造事件では、得てして裁く側に真犯人に繋がる関係者が登場する場合が多い。でっちあげた犯人が息の根を止められる、その口封じを見極めるために・・・JFK暗殺事件のウォーレン委員会のように、その10年前のローゼンバーグ裁判でも同じようなことが起こっていた。
最高裁判所のフレデリック・ヴィンソン判事は第二次大戦中に「経済安定局」の局長だったが、この局の役員はモルガンとロックフェラーという両大財閥の首脳陣で占められていた。ヴィンソン判事は彼ら財閥の支配する軍需産業「ロッキード社」の重役として、しかも父親であるところの同じ最高裁判所の判事がローゼンバーグ夫妻の処刑を命じたのであった。
また助命のための延期請求を無効としたハーバート・ブラウネル司法長官は、ロックフェラー家お抱えの顧問弁護士として、彼らの利益に忠実に動いた。処刑の最終的決断をくだした大統領アイゼンハワーは、大統領就任前にはロックフェラー財団の支援で育成されたコロンビア大学の総長だった。その弟ミルトン・アイゼンハワーもまた財団から多額の支援を受けていたジョンズ・ホプキンズ大学の総長である。そして、ローゼンバーグ夫妻を処刑したシンシン刑務所の設立者の名がサミュエル・ホプキンズといい、ジョンズ・ホプキンズの父親であった。
1952年4月10日、「メイシー・デパート」がニューヨーク・タイムズに大々的な広告を出した。そこには「わがデパートがこれほど便利になったのも、チェース・ナショナル銀行のお陰です」という全面を占めるメッセージが載せられた。この銀行とは云わずと知れたロックフェラー家の所有物だ。
ローゼンバーグ事件は、ジュリアス・ローゼンバーグ妻エセルの、その弟デヴィット・グリーングラスが原爆機密資料を盗難したことに端を発している。グリーングラスはマンハッタン計画の原爆部隊に所属する、陸軍の技師だった。その彼が盗んだ資料をソ連に流したとして容疑をかけられた。その共犯者として姉夫婦を名指したのだが、共犯者としての証拠は何一つ発見されていない。ここから捏造が始まった。その過程で「原爆の図面を撮影する際の中空テーブルがソ連から与えられた」というグリーングラスの証言がなされた。そして、そのテーブルが「メーシー・デパート」で買われた物であり、ローゼンバーグ夫妻もテーブルの存在は認めたものの、それは特殊な中空テーブルなどではない普通のものであったことが判明している。この時点でも、まさにローゼンバーグ夫妻をスパイとする証拠は何一つなかったのである。しかし、裁判長は「そのようなテーブルはどこにでも手に入る」という奇怪な判決を下し、再審理請求は却下される。そして12名の陪審員の判断をまとめた陪審長は「メイシー・デパート」の支店長だった。この支店長は「夫妻はコンソール・テーブルを買った」との証言した人物だが、それは同時に「スパイと結びつく『中空テーブル』ではない」ことを明確に示唆していた。にも関わらず、彼は陪審長として夫妻を有罪と判断したのであった。その支店長を陪審長に送り込んだ人事担当重役ジェームズ・P・ミッチェルは、その功績(?)を認められたかのように、ローゼンバーグ事件が終結した直後に労働長官になっている。このデパートを支配していたシュトラウス一族も、商務長官オスカー・シュトラウスを頂点としてアメリカ政府の閣僚ポストにつく異常さであった。
「メイシー・デパート」の広告にロックフェラー家の銀行が大々的に宣伝された、その二日後、1952年4月12日、同じニューヨーク・タイムズ紙面に映画監督エリア・カザンの声明文が載った。
過去何週間にもわたって、私の政治的な立場についての耐えがたい噂がニューヨークとハリウッドに流れている。私は自分の立場を、以下のように明らかにしておきたい。共産主義者の活動のため、我が国の人間は前例のないほど困難な問題に直面することになった。すなわち、危険な外国の陰謀から我が身を守り、自由で開放的で健全な生活形態を維持することによって自尊心を保つには、いかにすればよいか、である。アメリカ人がこの問題を理性的に解決し得るただ一つの方法は、共産主義について事実を知ることであると信ずる。
カザンの自己矛盾が露呈したような文章である。彼は自己矛盾を押し込めるようにして「共産主義者は思想を統制し、デモクラシーを破壊している。彼らをこれ以上助長させないためにも、政府機関に通報し、闘わねばならない!」と激昂するのである。理不尽な権力に命をかけて立ち向かったあの「波止場」における主人公は何処に行ってしまったのだろう?共産主義の統制破壊を云う以前に、カザン自らが自分の思想を破壊してしまったかのようだ。これこそがマッカーシー、その背後の黒幕の狙いではなかったか?ハリウッドの良心を剥ぎ、権力の思うが侭に操るために、ハリウッドを単なる娯楽の殿堂と化してしまう・・・
オッペンハイマー
(John Robert Oppenheimer 1904-1967)アメリカの理論物理学者。
1943-1945 ロスアラモス研究所で原爆製造計画「マンハッタン計画」を指導。
1947-1953 米国原子力委員会の一般諮問委員会議長。
1953 水爆製造計画への反対で機密保持に関する疑惑を受ける。
1954 公職追放
ローゼンバーグ事件
米国でローゼンバーグRosenberg夫妻が原爆スパイとして処刑された事件。夫妻は第2次世界大戦中、ソ連に原子爆弾の機密を売った容疑で1950年に逮捕、最後まで無罪を主張していた。国際的な助命運動が展開されたが、証拠不十分の継子1953年に処刑された。朝鮮戦争を背景とした、でっちあげ事件とする説が有力。
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