03/07/23 (水)
 
サウジアラビアの外務大臣Saud al-Faisal 王子(左)が、カイロでエジプトのムバラク(Hosni Mubarak)大統領と会談をする

 右の写真はエジプト訪問中の外務大臣サウド・アル・ファイサル(Saud al-Faisal 1940-)王子だが、彼は第三代国王(Faisal al Saud 1964-1975在位 1975/3/25暗殺)の4男である。国際間の折衝ではそのバランス感覚に優れている。彼はヤマニ石油鉱業相の次官を歴任していることから、今後の石油利権に絡む折衝でも手腕を発揮することだろう。写真からも穏健な人柄が見てとれる。
 彼のその下の弟Bandar al Saudは空軍将校、二番目の弟トゥルキ(Turki al Saud 1945-)は外相の兄以上の力量を発揮するかも知れない。トゥルキは1977年から対外諜報機関・GID長官を歴任、1980年代のアフガン政策最高責任者として指揮をとった。イスラム金融機関BCCI(Bank of Credit & Commmerce International 国際信用商業銀行)の大株主でもあり、ムジャヒディーン(アフガン聖戦士)やウサマ・ビンラディンとも親交が厚く、このBCCIから10億ドルの資金を調達、義勇兵千人を送ったと云われている。ちなみにBCCIは別名「CIAの銀行」とも呼ばれ、中東イスラムの莫大な資金を統括しながら、CIAなどの諜報機関を含めたアメリカ政権も関与する奇妙な銀行であった。トゥルキがムジャヒディーンに送ったのもCIA資金であった。こうした粉飾決算を知りながら放置してきたアメリカ政府も,1991年7月2日、突然にして不正会計とマネーロンダリングの容疑でBCCIを営業停止処分とするのである。これで最も被害を受けたのが第三世界など貧困層の一般預金者たちであった。

【関連サイト=ヤフー版ニュース:サウジアラビアサウジアラビア・サウド家の構図


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