Akemiのロンドン便り
03/05/01 (木)
おひさしぶりです
 今日は家からコートールド・ギャラリーまで歩いていってきました。ほんとうは銀行に行って、帰りは靴の修理屋によって帰ってくるはずだったのが、移転のために銀行が閉まっていたので、予定を変えてコートールド・ギャラリーに行くことにしたのです。 途中、広場や公園では木々の新緑がまぶしかったです。今ロンドンは桜もおわり、民家の壁ぞいに白い花を咲かせるクレマチスや花壇のチューリップが綺麗です。
 スズランのような小さな青い花をつけるブルーベルも咲き始めました。木陰に咲くブルーベルの静かな青色は、チューリップの赤や黄色の鮮やかさとは対照的に、吸い込まれてしまいそうな妖しい輝きがあり、神秘的ですらあります。殺風景なキングスクロスからも少し歩けばあちこちに憩いの場があるのを再発見しました。ホルボーンのリンカーンズ・イン・ヤードでテニスをする人や樹齢100年もありそうな大木を眺めながら、この木は人の一生よりも長い時間を生きて、毎年ここで緑の枝を張っているのだなあ、などと考えて歩いていたら、突然後ろから「何かさがしているの?」と声をかけられました。道に迷った観光客と思われたのかな、みると陽気そうな黒人の公園清掃職員のおにいさんでした。とっさに「ノー」としか答えられなかった、、、ごめんなさい、一人散歩を楽しみたいときもあるのです。でもせめて「ノー、アイム、オーライ、サンキュー」と言うべきではありました。

 さて、コートールドでの一番のお気に入りはクラナハの「アダムとイブ」です。禁断の木の実を手にしたものの、まだ神聖なる無垢な面影を残すクラナハのアダムとイブを見たいがためにここに立ち寄ったのでしたが、そのほかにもすばらしい絵画がありました。 目をうばわれたのはゴッホの作品の数々、ピカソの「黄菖蒲(yellow iris)」、ヴラマンクの「セーヌ岸の秋の風景」、後者2つは油絵の具をたっぷり使った凹凸と光沢が実に効果的で、写真ではなかなか伝わらない良さが実物にはあることがわかりました。それからロートレックの素描も何点か展示されていました。これは先日のおーるさんの日誌がなかったら見逃していたかもしれません。おーるさん、ありがとう。コートールドは小さな美術館ですが、内容は濃く、良いものが揃っています。テムズ河沿いの建物サマセット・ハウスの一部がギャラリーになっており、壁や天井に浮き彫りのほどこされた内装もすばらしく、美術品の鑑賞には最適の空間です。耳を切り落として包帯をしたゴッホの有名な自画像もありました。見ると彼の部屋には浮世絵が飾ってあったのですね。忘れていました。実は昔、ゴッホの名作に描かれた麦畑や教会のある町オーベールには昔行ったことがあったのでした。
 ゴッホの部屋兼アトリエも見学してその小ささ(4畳半くらいだったかな)に驚いたものでした。 さてそれで、自画像の中の浮世絵は背景なので筆致は粗く、扇子をもった女性のポーズもなにか安っぽく見える(西洋人がデザインした漢字もどきの看板などにも感じられるのと同様の違和感)のですが、、いちおう一目で浮世絵とわかります。あとでコートールド・ギャラリーの売店にいったらその浮世絵のオリジナルの絵葉書もゴッホの隣に置いてあったので買ってきました。「Geishas in a landscape」サトウ・トラキヨの作でゴッホの正式な所蔵品だったそうです。富士山をバックに水のほとりで2人の芸者が舞いの稽古でもしているような図です。見比べるとゴッホの絵では配置も構成も正確ではなく、女性のポーズも鶴の向きもみんな裏返しになっている、、そうか、ゴッホは鏡をみながら自画像を描いていたのですね。
 ところで話はとびますが、今回の戦争でイラクから流失した美術品や文明遺産もその真価(金銭的な価値ではなくて)を愛する人のもとに落ち着いてほしいと思います。略奪品はいずれニューヨークのメトロポリタンか大英博物館に出てくることになるのかもしれませんが、やはりイラクのものはイラクの博物館で国民の享受できる形の文化財になってほしいです。

 結局6時の閉館までコートールドに居てしまいました。 帰り道、にわか雨にあいましたが虹を見ました。キングスクロス駅前に大きな2重の虹、きれいでした。生きていればいいことがきっとある、という夢の贈り物のようでした。 おーるさんの「れいんぼう」にもそんな思いが託されているのかなあと思いながら、私は消えるまでずっと虹をながめていました。
Akemi

【おーる】
 元気そうで何よりです。ロートレックについては、その生涯と人間ロートレックの苦悩のところで感動しています。実は私の仕事の相棒だった人物に、心の純粋さにおいてソックリなのです。障害をもつゆえに見下されがちな境遇にあって、彼の心に触れた人の中には神聖さすら感じ取っている者もいる。私もその内の一人です。ドフトエフスキーの「白痴」を読めばより理解が深まると思います。いずれ、相棒のことを書こうと思っていますが、プライバシーも考慮しなければなりません。病弱ゆえ、明日の命も危うい身、何とかして彼の存在をしらしめたい。おそらく小説の形態をとることになりそうですが・・・ロートレックについても考察していきたいと思っています。