---03/05/14 (水) ---
 
カスピ海のパイプラインとチェチェン紛争
 12日のズナメンスコエでの爆破事件はチェチェン独立派によるものとしているようだが、これまでの一連の爆破事件においてもロシアは即座にチェチェンによるものと断定してきた。ここに大きな疑問が生じる。犯人の特定が早すぎるのだ。現場検証さえ的確に行われていないようだ。かつての爆破事件では「現場にロシア軍が事前に何かを運び込んでいた」といった目撃証言が多々ある。しかし、それらの証言も取り上げられることは殆どなかった。そればかりか、ロシア政府はチェチェン人による犯行と断定した後は、捜査の打ち切りさえしてきた。1999年の連続アパート爆破事件でも先月初頭においてロシア連邦検察庁は捜査の打ち切りを表明、容疑者5人はすでに死亡、収監されている残り2名の裁判もその予定すら立てられていない。去年10月のモスクワ劇場占拠事件でも、GRU(軍情報部)と思われる特務機関員テルキバエフなる人物が犯人グループに紛れ込んでいたとする情報もある。この事実を追っていたロシアのセルゲイ・ユシェンコフ下院議員が今年4月に何者かに暗殺されるに及び、にわかにロシア政府の関与説が取り沙汰されている。【参考、モスクワ劇場占拠事件はロシアの挑発だった】 このことの意味は大きい。後でまとめてみたい。

 チェチェン人の悲願である独立をロシア政府が認めたがらない理由の一つに石油があげられる。上記の地図を見れば一目瞭然だ。大油田で有名なバクーから伸びるパイプラインはチェチェンのクロズヌイから枝分かれし、パイプライン網の中心に位置している。1999年のイスラム勢力によるダゲスタン侵攻は、この中核を成すパイプラインを押さえることで効果は抜群であった。これにはロシアも慌てたことだろう。結果的にロシア軍に制圧されてしまったが、これからもチェチェンはテロ国家として位置付けされ、ロシアは石油に狙いを定めていくことだろう。

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