ナンバープレートを外し、廃車手続きの準備を整えた。弟に電話して、具体的な会社休眠の話に入る。会社と自宅350坪の地代をどうするか?自宅分は私が払うとして、工場の敷地分まで支払うことは無理だ。それに休眠とはいえ工場の修繕などの経費は欠かせない。問題が次々と出てくる。負担を互いに分担して、少しずつ解決するしかない。休業手続きも少しずつまとまってくる。やはり一抹の寂しさは隠せない。
深夜、父の遺影を見詰めていたら涙が溢れた。今夜ほど父の存在の大きさを実感したことはない。父だったらどう思うか?どう解決するか?生き返って叱ってほしい。私の不甲斐なさを、叱責してくれと、叶わぬ願いを遺影にかける。死ぬには経営者として若すぎたと、父の死んだ歳になってしまった自分の人生を振り返る。これも因果か、父の死と会社の休業をダブらせている。父の穏やかな笑みを思い出しながら、今夜は眠れそうもない。私は経営者の器でないことは最初から自覚していた。些細なことにも心を動かさずにはいられない、ナイーブさが経営者としては欠陥となった。それに激情家でもある。感情の起伏の激しさがトラブルを生んできた。まるで父とは正反対の性格に、世間から比較され、非難されてきた。それも仕方のないことと、それでも会社を潰すようなことだけは済まいと心に誓ったものだ。だが、今度の底なし構造不況はそんな未練も無惨に撃ち砕く。
自宅裏のパチンコ屋も潰れた。気がつけば、近所一帯更地でいっぱいだ。不況の風が荒涼とした日本列島に吹き荒んでいる。今日は所持金ゼロ、最後の250円でタバコを買った。貧乏はさほど苦にならないが、昨日はポンプにイタズラされた痕を発見して、落胆した。針のような穴が四ヶ所あった。前からイタズラと思われることに気付いていたが「まさか」と思っていた。もう一本のポンプは途中から管が折れて使えない。バーベルの留め金が緩んで落下したこと、頭上に落ちたら怪我をしていたところだ。あれもイタズラだったのか?と・・・誰がこんなことをするのか?心あたりがないわけではないが、証拠のないことゆえ、心に収めることにした。激情する心を押さえながら、父の遺影を見つめ踏み止まっていた。
人間不信の中にあっても、人を信じていたい。疑心暗鬼のままでは心が壊れてしまう。バカにされても笑っていられるには、まず自分の体たらくを自嘲することだ。ざまあねえや、と、自分を笑ってしまえ。泣き笑い人生そのままに、ここでは自分が主人公だ。
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